AX まさか勝てるとでも?(私が) 「クウガの世界」に見るオマージュ










     
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「クウガの世界」に見るオマージュ 

仮面ライダーディケイド第二話で描かれた、アナザークウガ世界に見る原作オマージュ。
一応断っておきますが、主観なので。

一応ネタバレ格納。
●予告サブタイ「超絶」
「仮面ライダークウガ」におけるサブタイの法則(漢字二文字)に則っています。

●グロンギの眠る場所
九郎ヶ岳遺跡ではなくなっています。これはグロンギの頂点に存在する「ン」がダグバではなくガミオであり、超古代における戦いも原典とは異なる結末を迎えたのであろう事を思わせます。

●血が流れない殺し方
「仮面ライダークウガ」は徹底してリアリティに拘った作品でした。地名や電車の時刻表まで実在のものを使用し、人は、いやクウガでさえも、傷つけば血を流します。
子供に見せるにはあまりに残虐だという抗議により殺人シーンの描写は徐々に抑えられるようになってはいきましたが、「血を流す」という事に関しては最後まで(むしろ最後が一番すごい)妥協しませんでした。
翌年のアギト以降の「平成ライダー」フォーマットに従った作品ではその辺のリアリティは排除され、人が死ぬシーンは「鏡の中に引きずり込まれる」「なんか心臓燃える」などの間接的描写、戦闘シーンでは血ではなくバヂン、ガギンと火花を散らすようになったのですが……。
それを逆手に取ったのが今回のお話。「ああ、クウガ世界だけどやっぱもう血は流れないんだなあ」と思わせておいて実は「血を流さないで殺すゲゲルでした」。原典知らないと完全にイミフ。

●五代雄介≠小野寺ユウスケ
何かを殴る感触が嫌い。それが人殺しの怪物でもいい気がしない。だけど、誰かの笑顔のため。みんなの笑顔が見たい。どんなに辛い時でも笑顔で「大丈夫」と親指を立てる事ができる。自分が人間でなくなったのは怖いが、決して口にしない。「戦うつもりになるとあの戦う姿に変わるみたい。で、その気が無くなったら元に戻った。わっかりやすいよねー(笑顔)」一見思慮が浅い軽薄な人間だがその実、人の善意も悪意も飲み込んで「綺麗事だからこそ現実にしたい」という理想を口にできる男。憎しみの心でしかなれなかったはずの「凄まじき戦士」に人の心を残したまま変身し「伝説を塗り替えた」五代雄介。

人に認めて欲しい。戦わないと価値が無い。誰かのためになんか戦っていない。戦ってるのは自分のため。感情がそのまま表に出る。「化け物」と言われて過剰に反応する。思慮が浅く、敵と判断したものには容赦なく襲い掛かる。このまま戦い続ければいずれ憎しみに支配され「究極の闇をもたらすもの」へと変貌し、ディケイドと刺し違える事になるらしい。未熟な青年、小野寺ユウスケ。

ディケイドのクウガは「五代クウガへと近付いていく」過程がドラマの核になりそう。
今回の「誰かのため? 俺は自分のためにやってるだけだ」は明らかに「誰かの笑顔のため」「みんなの笑顔のため」に戦っていたクウガを知る視聴者へのメッセージです。
小野寺ユウスケは五代雄介ではない。しかし、唯一(おそらく)ディケイドを止められる「凄まじき戦士」となりさらに理性を保ち続けるには、彼は五代雄介にならなければならない。みんなの笑顔のために戦える男にならなければならない。クウガ世界の変身システム(アマダム)の構造上、これは必然です。

現状では不安要素たっぷりのユウスケ君。しかし、そう悲観したものでも無いでしょう。クウガに変身できるという時点で彼には「自分でも気付いていない思い」があるのは明白です。なぜなら、クウガのベルトにはこう刻まれているのですから。

心清く体健やかなる者これを身に付けよ。さらば戦士クウガとならん

●ユウスケとあねさんの関係
「仮面ライダークウガ」という作品には相棒モノの特色が強く出ていました。
五代雄介と一条薫は事実上第4話という早い時期で確かな信頼関係を結び、対等の仲間として戦うようになります。これは、一見正反対のタイプに見える二人が、実は根本の所で同じ性質の人間だったという事が大きく作用しています。
他人の事ばかり考え、自分はどうでもよくなって突っ走ってしまう」。その理由を自ら理解し素直に、明確に言葉にできるかできないかが二人の大きな違いです。
「(自分を大事にしろ、という一条に)してますよ。だからこそ自分が大事だと思うものを守りたいんです。一条さんだってそうでしょ?

一方、小野寺ユウスケとあねさんは「対等」ではありません。ユウスケはまだ、自分がクウガとして戦う本当の理由さえ理解していません。自分はそんな立派な人間ではない。クウガとして戦うしか能が無い。そんな自信の無さが、彼の成長を阻害しています。
心に危うさを抱えたまま戦うユウスケと、彼を見守り心配するあねさん。
ユウスケは旅を終えた時、あねさんと肩を並べ「誰かの笑顔のために戦ってる。あねさんもそうでしょ?」と言う事のできる男になっているのでしょうか。
変身ベルト・アークルの文字を信じたいところです。
[ 2009/02/01 23:10 ] 漫画アニメ等 | TB(1) | CM(0)

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[2009/02/02 00:12] URL Old Dancer\'s BLOG

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